長いお話。

※長いのと、個人的に降って湧いた介護日記なので、読みたくない方はスルーして下さいね!



祖母が2ヶ月ぶりに帰宅しました。
御飯食べなくなって、糖尿病なのもあって年末より入院させていました。家とデイケアよりはインフルやらノロやらもらわんだろうしってことで。
兎に角ヨボヨボ歩けないのが酷くて。
栄養摂ってないからね。動けねぇの。



んで、昨夜は環境変わって興奮していたらしく、幻聴と徘徊(え、そんなに歩けたん?!聞いてないよ!!!って家族騒然)
夜中2時くらいまで振り回されましたー!
色々調べてみたら整合性もあって。

お昼に出したいなり寿司→リハビリの担当医さんを親戚と間違える→◯◯さん(親父も知らない人)がお寿司持ってきたからお茶を出せ→いなり寿司1個残したのをティッシュでグルグル巻いてとっとく→これは私のだけん!!!!
うーん、大事な人だったのかなぁ?


誰か来てる→えらい人が来る→天皇さんが来ている
最終的に、ベッドにシュンって座って
『はい、ちゃんと起きて聞いています』
とか言ってたのは、玉音放送だったのかな〜とか
。※夜ってことはわかってるんだ…
→『天皇さんには会えなかった…』
さんって…
そもそも口悪い祖母が、丁寧な言葉遣いだったので
恐らくは本当の記憶なのでしょうね。


大正13年。※早生まれ
熊本行幸は(この言葉、昨日初めて知りました。起美恵さんのお陰です〜)
昭和6年の7歳?
昭和24年だと25歳
昭和33年だと34歳
色々調べたのですが、他にありますか?
ど、どれなんだ…




さて、昨夜とは打って変わって静かな夜です。
静か過ぎて怖いです…

昼間ずっと寝ていたのが気になりますが…
まだ、寝ています…

今日、担当医から鎮奮剤を処方してもらったそうなのですが、まだ使ってません。


昨夜転倒し、夕方腰が痛いとは言っていましたが、骨折してたら痛くて寝れんよね?と母と話し合い。



シナプスシナプスルルルルル〜
記憶よちょっとでもいいから戻れ〜☆



祖父母は戦争当時の話をしたがらなくて、父すら詳しくは知らないそうです。
しまったなぁ。
聞いておけば良かった。
話たくなくても。


父の従兄弟曰く、祖父は若い頃船乗りだったとか。らしい。多分…
田舎が嫌いで今の家を建てたんじゃないのかな?って、祖父の葬式かなんかの時に話してたっけね。
連れて来られた祖母は、どんな気持ちだったんだろ。
7人兄妹だっけな?9人か?兄妹、親族仲良くて大分の山奥の田舎しか知らなかった祖母。
お友達も居ない。
しかも田舎育ちだから、まぁ〜お口が悪い。それじゃあお友達できんわな。
祖父は人の世話色々焼いて楽しそうだったけど。庭木切ってあげたりとかね。
んで、祖父はさっさと逝っちゃった。
叔母(父の姉)は、誰よりも先に40代で逝ってしまった。
今んとこその二人の話が出ないのがちょっと不思議。

一応昨日の混乱の中、父だけは認識してた。
良かったね、父。
もう少し面倒みれや。




そういえば近所の龍田御野立所には明治天皇陛下が来たとかいう…

龍小の遠足といえばね、おのだてしょ。
一旦学校行くのに、また家の近くまで歩いてお弁当食べて学校戻って帰宅…

いや、帰らせてよ!家、目の前!
地元あるある。
by gatto_uni | 2015-01-18 00:55